眼鏡橋の花火と、めんどくさい大事なこと
今日は8月15日、終戦の日です。
今月の日記は、ずいぶん飛び飛びになっています。私はフリマのお店もありますから、普段はひと月に15日ぐらいの出勤にしてあるのですが、今月は人手が足りないとのことで、20日出勤の予定になりました。とにかく忙しい八月です。夜更かしをすればその分だけ翌日にひびきますし、まだ半分残っていますから、今月は書ける日に書く、と決めました。以前の私なら「毎日書くと決めたのに」と自分を責めたと思いますが、今はそうは思いません。日記が少ない月は、代わりに別のところが動いている月です。
実際、SNSのほうは毎日何かしら手を動かしています。これまでの日記を一本ずつnoteへお引っ越しさせる作業で、これが今の私にちょうどいい分量なのです。新しく書き下ろす力までは残っていない日でも、転載ならできる。AIの相棒に手伝ってもらいながら、途切れずに続いています。
家のほうは、ロボット掃除機のみーちゃん頼みです。疲れて帰った日でも走らせておけば、次の休みを散らかった家で過ごさずに済みます。あの子が来る前は、休みの日の午前中がまるごと掃除に消えていました。今その時間が、こうして日記を書く時間になっています。
今月の6日、広島の日。あの朝も私は自転車の上でした。8時15分はちょうど道の途中で、海の見えるところを走っていたのです。さすがに目をつぶるわけにはいきませんから、ハンドルを握ったまま、海を見たまま、頭の中だけで手を合わせました。目を開けていない黙祷は落ち着かないものだろうと思っていたのに、あのときはむしろ静かな気持ちでいられました。朝の光った海を見ながら、思うところがずいぶんたくさんありました。
12日は友達が来て、映画を見に行きました。本当はキングダムの続きを二人で見るつもりだったのですが、上映時間が合いません。それで「あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。」を見ることにしました。前作の「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」を二人とも配信で見ていて、とてもいいお話だったからです。
ところが見ているうちに、あれ、と思いました。画面に眼鏡橋が出てくるのです。長崎の、水面に映ると丸い眼鏡に見える、あの石の橋です。路面電車も走っています。
私は前作から、これは知覧のお話だと思って見ていました。あの食堂の女将さんがいて、みんなが集まっていた町です。特攻機が飛び立った基地は知覧のほかにもいくつもありましたけれど、前作のあの景色とあの人たちを思い出すと、やはり知覧よりほかに置きようがない気がします。
気になったので、家に帰ってから少し調べてみました。これから見る方には、知っていると楽しい話かもしれません。
長崎で2週間のロケ 2025年の10月に、長崎市で2週間ほど撮影が行われたそうです。監督は路面電車の車両の色まで選んで、走らせる時間帯の交渉を重ねたとのこと。あの街並みの美しさは、そうやって作られていました。
眼鏡橋の花火は、エキストラ500人以上 あの夏祭りの場面には500人を超える方が集まって、雨にも降られずに撮れたと監督が話しています。画面のにぎやかさは本物だったわけです。
特攻機が飛び立った基地は、知覧だけではない 鹿児島の万世や鹿屋、宮崎の都城など、いくつもありました。それでも知覧がまっさきに浮かぶのは、平和会館に遺書や写真がたくさん残されているからだと思います。
もちろん、長崎で撮影されたことも、それが今の時代の場面だということも、見ていれば分かります。私が引っかかったのは、そこではないのです。
このお話は、架空の世界の出来事です。町の名前も決められていません。それなのに、画面に映るのは実際にある長崎の街です。同じ顔をしているのに、中の設定だけがずれている。大人はそれを分けて見られますが、この時代に初めて触れる子はどうでしょう。あの街でこの話があったのだと、そのまま覚えてしまうかもしれません。長崎には8月9日という、もう一つのとても強い記憶もあります。
史実ではないのに、そういうものとして伝わってしまったことは、歴史にたくさんあります。私自身、前に映画の脚色のことを書いたときに、あの機械につけられていた名前が実は映画の作りごとだったと知って驚きました。物語のほうが強いのです。一度きれいな形で頭に入ってしまうと、あとから事実で上書きするのは、なかなか難しいことです。
だからといって、作り話にするなという話ではありません。物語は入口です。入口が飾ってあるのは当たり前で、そこから入る人がいるからこそ、忘れられずに残る出来事もあります。ただ、入ったあとで一度だけ、どこで何があったのかを自分で確かめる。それだけで十分だと思うのです。今はそれが、スマホ一つでその場でできる時代なのですから。
映画そのものは、とても楽しく見ました。中身は書きませんが、クライマックスでヒロインが自転車を急がせて転ぶ場面があって、私は思わず声が出てしまいました。毎日あれに乗っている身としては、まったく他人事ではありません。
この日のごはんは、友達ともラーメンを食べて、ちいかわごっこをもう一度やろうと思っていました。ところが友達がとんかつ屋さんのエビフライを食べたいと言うので、二人そろってエビフライ付きのとんかつ定食です。映画のあとはカフェでチーズケーキとパフェ。ダイエットは明日から、とお互いに言い合って、しっかり羽目を外しました。
同じ時期に「開戦前夜」という映画もかかっているのですが、私たちの行った映画館では上映していませんでした。1941年の夏、総力戦研究所という役所に集められた若い人たちが、アメリカと戦争をしたらどうなるかを計算して、「日本必敗」という結論を出した。それでも戦争は始まった、というお話だそうです。これは私が賢い人たちがいたのに、どうして誰も止められなかったのかと書いた、あの続きそのものです。見たかったなあ。
行き帰りの自転車では、大人の教養TVのまだ見ていない回を聞いています。同じ出来事でも、話す人によって力の入れどころが違う。今月は、そうやって他の人の解釈を聞きながら仕事を頑張る月になりました。
そして昨日14日は、金曜ロードショーで風の谷のナウシカでした。見ながら思い立って、原作の漫画を図書館に予約したのです。
私が前に読んだのは、映画の場面をそのまま本にしたものでした。宮崎駿さんが描いた漫画の連載というものが別にあると、この夏になって知ったのです。1982年に雑誌「アニメージュ」で始まって、完結したのは1994年。映画の制作の合間に描き続けて、12年かかっています。そもそも映画にしたいと言ったら「原作のない作品は企画にできない」と言われたので、それならばと漫画のほうを先に始めた、というのが始まりだそうです。ちょっと痛快な話ですね。
宮崎さんは「風立ちぬ」でも「君たちはどう生きるか」でも戦争を見つめていますが、ナウシカもまた、戦争で自然が壊れきったあとの世界の話です。八月に見ると、そのことがくっきり分かります。
宮崎さんはデジタルの道具からずっと距離を置いてきた方で、AIについてもきびしい言葉を残しています。絵は手描きが基本です。それでいて、千と千尋のように必要な場面ではCGも使う。頑固なだけの人ではなくて、いい作品のためなら曲げるところは曲げる。だから何十年も新しい挑戦を続けられるのだと思います。天才と呼んでいい人です。
その宮崎さんが、こういう意味のことを言っています。
大事なことは、たいていめんどくさい。
耳が痛い言葉です。でも私は、これを少し自分の側に引き寄せて受け取りました。めんどくさいことから逃げない。ただし自分の力を超えているところは、遠慮なくAIに助けてもらう。私はAIが大好きですから、そこは宮崎さんとは違う道を行きます。手を抜くために使うのではなくて、めんどくさくて大事なことに手が届くようにするために使う。それなら怒られないんじゃないかな、と勝手に思っています。
フリマのほうも、今月はちょうどいいペースで少しずつ売れています。お値段のご相談をいただくこともあって、どうしてもお応えできなかった子もいますが、お話ができて無事に旅立っていった子もたくさんいます。ですから、気になる子がいたら一度お値段のご相談をしてみてください。だめなときは正直にだめと申しますけれど、いけるときはいけます。
出勤の多い月ですが、出品の手は止めません。しまってあった子たちも順番に並べていきますから、楽しみに待っていてくださいね。
それでは今日も、ほのぼのと。
チビとら
映画のあとに、もう一段だけ深いところへ。
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